私だって

皆と一緒が良い、昔から強く思っていました。

学生時代、周りが持っているものを私は与えてもらえませんでした。
特に顕著だったのが衣類です。

母はボーイッシュな服が好きだったようで、幼いころから私は男の子のような恰好をさせられていました。
どこに行っても男の子と間違われ、母はそれを嬉しそうに否定していました。
けれど、私は本当に嫌だった。

この時のことを思い出すと、昔見たドラマのワンシーンが自然と蘇ります。

ショートカットの幼い女の子が、お母さんの化粧品で自分の顔を真っ白に塗っていました。
それを見たお母さんは女の子に何故、こんなことをしたのかと怒ります。
それに対して、女の子は言うのです。

私だって女の子だもん。女の子だからお化粧するの。
友達の●●ちゃんはリカちゃん人形みたいだねって言われるのに、私はリカちゃんの隣のボーイフレンドの子みたいだねって言われる。
私だって女の子なんだもん。

題名が思い出せませんが、このシーンは頭に焼き付いたように残っています。
これを見た私は、この女の子と同じくらいの年齢で、同じように髪が短くて、どこに行っても男の子と間違われて。
それが本当に嫌だった。

そこから、せめてもの抵抗にと、髪を伸ばしました。
小学校の先生に、髪が長いねと言われた時、本当に嬉しかったのを覚えています。
衣類は相変わらず男の子のようなものばかりだったけれど、せめて髪だけは女の子でいたかったのです。

衣類に関する思い出として特に残っているのが浴衣とコートです。

小学生の頃、学区内の夏祭りに行くのは恒例でした。
他の子たちが浴衣を着ている中、私は一度も浴衣を買ってもらえませんでした。
門限も他の子たちより何時間も早い時間。
皆が華やかな服で楽しく過ごしているのを見ながら、私は暗くなった夜道をひとり歩いて帰りました。

当時の家系状況はわかりませんが、浴衣一枚を買い与えられない程だったのかもしれません。
年に何度かしか着ないものを買うのは贅沢だったのかもしれない。
でも、私も同じことがしたかった。
せめて帰る時間だけでもどうにかならなかったのか、と今も思います。

そして、年を重ね、高校生の頃。
寒い時期に着るコートですが、当時はダッフルコートを着る子がほとんどを占めていました。
私もそれが欲しかった。けれど、私に与えられたのは、丈の長い不格好なダウンコート。
当時、母が自転車に乗るときに使っていたコートで、通学時にそれを借りるような形でした。
私もあの可愛いコートが欲しい。そう思ってもそれは叶いませんでした。

今思えばバイトでも何でもして、自分で買えばよかったのです。
でも、当時はその発想が無かった。
与えられたものは使わないといけないと思い込んでいました。

そんな思いをいっぱい感じていましたが、抵抗することはしませんでした。
何か言えば色々な言葉を返され、嫌な思いをすることが多かったので、いつの間にか諦めていたのかもしれません。
親に抵抗する、そう考えたことはなくて、ただ耐え忍ぶ、私にはその手段以外が見つけられていませんでした。

今となっては、自分で浴衣もコートも買えます。
浴衣を着て、夏祭りに行って、好きなだけ楽しむことが出来る。
でも、それでは満たされない私がいます。
今の私じゃない、あの時の私が浴衣を着たかった。
過去に戻れたら、浴衣なんていくらでも買ってあげるのに、と思います。
でも、それは決して叶わない。

親の立場になれば、また見えるものが変わるのかもしれません。
当時の両親の気持ちがわかるのかもしれない。
今の私は子どもを持ちたいとは思えません。
そんな私が続いたとしても、いつか理解できる日が来るのでしょうか。
来ると良いなと思いますが、来なくてもいいとも思います。

アダルトチルドレン、ノンセクシャル、HSP。 そんなわたしが抱える生きづらさを少しでも緩和しようと試行錯誤しています。 思いを綴ったり、色々なものに手を出したり。 今日の私が感じたことを否定しないことを念頭に置いて、のんびりとやっています。

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