自分の名前が好きではありません

自分の名前が好きではありません。
以前は自分の名前が嫌いでした。今は嫌いではありませんが、好きではありません。

キラキラネームかと言われると微妙なところです。
良い名前だねと言ってもらえることが多くはありますが、一目で呼んでもらえたことはほとんどありません。
客観的に自分の名前を見ると、まあ、良い名前だとは思います。

両親は私のことをあまり名前では呼びませんでした。
ぶた、ぶうちゃん、ぶす、そんな風に私は両親から呼ばれていました。
それが嫌だったけれど、言っても聞いてもらえるはずがなく、ただ耐え忍ぶだけでした。

年齢を重ね、長い付き合いとなる友人たちと出会い、彼女たちは私を名前で呼びました。
私も彼女たちを名前で呼びます。
友人たちの名前は一般的なよくある名前です。私はそれがとても羨ましかった。
私は自分の名前を呼ばれるたび、両親の呼びかけが聞こえてくるようで、とても複雑な気持ちでした。

そして、後に夫となる人と出会います。
その人は私のことを名前で呼びました。
真っすぐに私の名前を呼んでくれる、その声を聴いているうちに、両親の呼びかけは遠くなっていきました。
そして結婚し、名字が変わったその時から、名前を呼ばれても両親の声は聞こえなくなりました。

その後、夫とは別の道を歩むこととなりました。
理由はひとことでは言い表せないくらい色々あります。
私の生きづらさも原因のひとつです。

離婚して、元の名字に戻ったとき、途轍もない息苦しさを覚えました。
やっとあそこから抜け出せたのにまた戻ってきてしまった。
自分の名前を見る度にそう感じます。

今、私は両親とは距離を置き、ひとりで新しい道を歩み始めました。
相変わらず名前は好きではありません。
名を呼ばれると、時折、両親の声が聞こえる気がします。

以前のように、声が聞こえなくなりたい。
それはもう過去だと、今の私はそうではないと、少しずつでも思えるようになりたいです。

アダルトチルドレン、ノンセクシャル、HSP。 そんなわたしが抱える生きづらさを少しでも緩和しようと試行錯誤しています。 思いを綴ったり、色々なものに手を出したり。 今日の私が感じたことを否定しないことを念頭に置いて、のんびりとやっています。

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