『出来ない』なんて言えなかった

出かける予定を入れた時は楽しみなのに、いざ出かける前になると面倒になって、予定を入れなければ良かったなあと思います。
カウンセリングの予約など最たるもので、行く前になると、面倒だ、このまま家にいたい、行ったところで劇的に何かが良くなるわけではない、そんなことを思いながら、重たい体を引きずって先生のところに向かいます。

けれど、いざカウンセリングを受けた後は気持ちがすっきりしています。
今まで整理が付いていなかった部分を整理するのを手伝っていただき、もやもやしていたものを言葉で表せるようになったのが大きな要因だと思います。

今日の気付きは、私は『出来ない』という選択肢を無意識に排除していたということ。
親に対して、仕事に対して、『それは出来ない』と言えない、言うことすら思えないことに気付きました。

例えば、何かの用事で実家に呼ばれたとして、行かないという選択肢は私には浮かびませんでした。
行かないと言うと、また言われるんじゃないか。無意識にそんなことを考えていました。

“また”に当てはまる出来事。ずっと忘れていましたが、思い出しました。
幼い頃、夏休みに両親が買い物か何かに出かけることを私に伝えました。
私は当時(今もですが)車が苦手で、車酔いしてしまうので、出かけるのが好きではありませんでした。
買い物も、結局両親が好きなものを見るだけで、私の物を買うわけでもなく、私にとっては面倒なことでした。
なので、その時は夏休みの宿題をしないといけないから、と出かけるのを断りました。

その時、母は物凄い勢いで怒り出したのです。
宿題とか言いながら、お前は今までごろごろしていただけだろう、と。本当にしないといけないのならそんなことしているはずがない。
そう言われた気がしますが、はっきりとは思い出せません。
怒鳴るように色々なことを言われ、母はいらいらしながら父と買い物に出かけて行きました。

その時のことが心に残っていたのでしょうか。
行きたくない、したくない。そういうことは私の中では許されないことになっていました。

その影響かはわかりません。
私は仕事で何か振られると、それに答えるのが当たり前だと思っていました。
出来ないなんて選択肢はない。振られたならば、それをするのが仕事。
そうして振られた仕事に取り組むと、調べながら下手なりに何とか出来てしまう。
だから、また他のことを振られ、それが出来るように頑張る。
そんなことを繰り返してきました。

あなたは何でもできるね、すごいね。
そんなことを他の人から言われました。
けれど、その言葉の意味がよくわかりませんでした。
だって出来るも出来ないもなく、やるのが仕事なのだと、本気でそう思っていました。

仕事を振ると言うことは、自分には出来ないから振るのだとそう思っていました。
自分には出来ない、だから出来そうな私に振る、その結果私は出来た、だから私がする。
どんなに大変なことでも出来ることは自分でしないといけないと思い込んでいました。
どうしても出来ないことは人に頼ればいい。その代わり、私に出来ることは出来る限りする。
出来損ないの私はそうして生きるものだと、そう思っていました。

やりたくない、嫌だ、そんな理由でやらないのは駄目なことだと、いつからそう思い込んでいたのかわかりません。
改めて見てみれば、やりたくないから、嫌だから、そんな理由で私に仕事を振る人はたくさんいました。
でも、それは私には許されないと思い込んでいた。

皆は良い、でも私は駄目。
そんな考えの原因を考えてひとつ思ったことがあります。

以前、どこかで見た意見ですが、虐められたことがある人、仲間外れにされたことがある人は“皆”の中に“自分”が入らないと感じるそうです。
私も幼い頃、いじめの対象になっていたことがありました。
もしかしたら、その時から“皆”の中に“私”は入らない、そう思っていたのかもしれません。

気付いたことで、少し心が楽になりました。
絡まっていた糸が僅かに解けた、そんな感じがします。
まだ、出来ないを言う勇気はありません。
けれどゆっくりと、自分が自分の味方となってそれを言えるようになる日が来ると信じたい。そう思います。

アダルトチルドレン、ノンセクシャル、HSP。 そんなわたしが抱える生きづらさを少しでも緩和しようと試行錯誤しています。 思いを綴ったり、色々なものに手を出したり。 今日の私が感じたことを否定しないことを念頭に置いて、のんびりとやっています。

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